ゆれるスカート

しゃくしゃく余裕で暮らしたい

旧い恋が死んだ

私には忘れられない人がいました。

11年間忘れることができませんでした。

小学校の時に転校したことを機に彼とは一度も会うことはありませんでした。

小学5年生から22歳現在に至るまで、その想いは弱火になることはあれ確実に燃え続けていました。

 

手紙を書き、メールアドレスを知ることができました。中学か高校の頃だったと思います。返事は来たり来なかったり。

大学の頃、「会いたい」とメールしました。しかし、仕事が忙しく会えない、と断られてしまいました。

 

バレンタインに彼の自宅の郵便受けにチョコレートを入れたこともありました。今思い返すと、狂気に満ちた行為に思えますが当時の私はそうするしかありませんでした。

 

11年間会えていないけれど、強い結びつきがきっとあるという根拠のない自信というか願望がありました。きっといつか一緒になれる。ストーカーですね。

 

何度も会いに行くことを考えました。

彼の自宅のインターホンを押すシュミレーションを1万回しました。

しかし結局そんな勇気はないのです。

 

会いに行かなければ一生後悔する。いつか行動を起こさなければきっと私はいつまでもいつまでも堂々巡りする。いつだって今が一番早いんだ。

 

作戦を決行することにしました。

 

会いたい、とかメールしてもおそらくまた断られることが分かっていたので突撃訪問という形をとりました。近くのコンビニに車を停め、彼の自宅まで歩きました。そんなに遠くはない距離です。雨が降っていました。

夜の8時でした。(後でこのことをある人に話したら、夜の8時にアポなしで人の家に行くのは非常識だと怒られました、私は阿呆なのでそういうことが分かりませんでしたし、だったらどうしろというのでしょう)

彼の家の前でインターホンを押せずに10分が経ちました。意を決して押します。ピンポン。

お父様が出ました。(彼は実家暮らしです)

夜分に訪ねてきたことを詫び、名前を名乗り、〇〇くんはいらっしゃいますか?と言いました。

怪訝そうな表情をしながらもお父様は〇〇くんを呼びました。

 

本人が姿を現しました。

11年という月日を経ての再会、邂逅。

 

私は脳内で彼を大いに美化していました。そこには多大な理想が含まれました。それは多感な少女期を経て形成された想像の産物でした。つまり彼とは別の生き物(正確に言うと生きてはいないけれど)を私は愛していたのです。

 

私の目の前に現れた彼は、私が思い描いていた彼とはとても違ったのです。

当たり前だ、と言われればそうでしょう。当たり前ですね。11年は長いです。とても。

 

あなたが好きです、と言うつもりでいました。告白するつもりで行ったのです。

 

しかし、彼の「どうしたの?」の問いに「顔を見に来た」と答えていました。

彼は突然訪ねて来た女に驚いていました。近況みたいなことを話したりして、おわり。それだけ。

 

元気で。と言われました。

突然来てごめんね、おやすみなさい。と返しました。

 

以上が事の顛末である。

こうして私の旧い恋は死にました。

私は私自身にかけていた呪いのようなものから解かれました。じゃあな。

 

行ってよかった。